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VOL.15 DECEMBER 2003

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[心理学キーワード] 動物からヒトを学ぶ

助教授
佐藤 俊人

 人間の特徴を考える場合に,ほかの動物たちと比較しながら検討してゆくという方法があります。そのような比較の中で,思いもよらない発想が生まれてくることもあるのです。今回は,そのうちの一つを紹介したいと思います。
 動物学者であるアドルフ?ポルトマンは,1944年スイスで『人間論の生物学的断章』を著し,日本語訳は1961年『人間はどこまで動物か』という題名で出版されました。この本は,人間の発達の特徴について面白い視点から述べられています。なんと,「ヒトの子どもは,全員早産である(生理的早産)」というのです。いったいどういうことなのでしょうか? まず,ほかの動物たちの子どもの出生の様子を考えてみましょう。

●就巣性と離巣性

 ポルトマンは,哺乳類を,その子どもの成長の様子から「就巣性(留巣性)」生物と「離巣性」生物という2つのカテゴリーに分類し,それぞれの特徴を指摘しました。動物には,たとえばネズミのように「生まれたときには未熟であり,自力で移動できるようになるまでにしばらく時間がかかる動物」と,たとえばウマのように「生まれた数時間の後には,親とともに歩ける動物」がいます。この違いが,(1)妊娠期間,(2)子どもがどれくらい成熟した状態で生まれてくるか,(3)一度に生まれる子どもの数,という3つの特徴の組み合わせによって分類されるというのです。
 すなわち,就巣性生物とは,たとえばネズミのように「妊娠期間が短く,子どもは未熟な状態で生まれ(ゆえに,体型が親とはかなり違っており),一度に生まれる子どもの数が多い」という一連の特徴をもつ生物のことです。イタチやリスなども例として挙げられます。反対に離巣性生物とは,ウマのように「妊娠期間が長く,子どもは成熟した状態で生まれ(ゆえに,体型は親と似ていて,比較的すぐに親と一緒に自力で移動できる),一度に生まれる子どもの数は少ない」という特徴をもつ生物のことです。ゾウやクジラ,キリンなども例として挙げられています。そして,実はサルも離巣性生物に分類されます。
 つまり,サルは比較的妊娠期間が長く,生まれる子どもの数が1?2匹であり,「木から木へ飛び移る親のおなかに自力でしがみついている成熟した能力がある」ということです。

●ヒトはどちら?

 では一体,ヒトはどちらに分類されるのでしょうか? 妊娠期間と子どもの数については間違いなく離巣性と言えるでしょう。するとサルと同様,離巣性の生物のように思えます。しかし,生まれたばかりのヒトの赤ん坊は成熟していると言えるのでしょうか? ヒトが本当の意味で離巣性であれば「体型がおとなと同様で,ヒト特有の直立が可能であり,コミュニケーションの手段としてある程度の言語や身振り語をそなえているくらい成熟していなければならないはずだ」とポルトマンは述べています。すると,「ヒトは離巣性生物のくせに,未熟な状態で生まれてくる」といも考えられるわけです。
 確かに,人間には離巣性生物のなごりとも思われる身体能力を持って生まれてきます。たとえば,生まれたばかりの赤ん坊は,自分の握力でぶら下がることができるし(把握反射),体をたてにして足を床につけると,まるで歩くように左右の足を交互に動かしたり(歩行反射),驚いたりしたときにまるで何かにしがみつくような腕の動かし方をしたり(モロー反射)します。きちんと眼を開けて外界を観察したり,親とコミュニケーションをとろうとしたりもします。しかし,本当の意味で歩行し,コミュニケーションできるようになるには,生まれてから一年くらいはかかることになります。
 つまり,「人間は生後一歳になって,真の(離巣性の)哺乳類が生まれた時に実現している発育状態に,やっとたどりつく。そうだとすると,この人間がほんとうの(離巣性の)哺乳類なみに発達するには,われわれ人間の妊娠期間が現在よりもおよそ一カ年のばされて,約21カ月になるはずだろう(ポルトマン)」ということになるのです。そして早く生まれてしまった時期(子宮外の胎児期)には,本当の胎児がみせる胎内での発育スピードを維持するかのように急激な発育をとげることも,この考えの根拠の一つになっています。

●だから「生理的早産」

 もしも人間の妊娠期間が21カ月くらいであったなら……子どもは生まれたとたんに二本足で立ち上がり,コミュニケーションにも困らない状態で生まれてくるかもしれません。それが離巣性生物としての本来の姿と考えたのでしょう。しかし,現実には9カ月ほどで生まれてきます。だとすれば,ヒトは全員生まれてくるのが早すぎる,つまり「早産である」ということになります。このようにあたりまえになってしまった,ヒトの誕生における早産のことを,ポルトマンは「生理的早産」と表現しています。このようなポルトマンの考えには,確かに多くの疑問も指摘されています。例えば,そもそも就巣性と離巣性という2分割で考えて良いのかという疑問もあります。また,ヒトの新生児も外見ほど能力のない状態で生まれてくるのではなく,かなり高度な運動や感覚の能力を有するということも近年明らかになっており,ヒトの子どもが本当に未熟な状態で生まれてくると考えていいのか,という疑問も出てくるのです。

●だから子育ては面白い!?

 しかし,それでもヒトの親子関係について多くのことを考えさせてくれると思います。本当はおなかの中にいてもよかったはずの時期に外界に生活することになったら……? 本来なら受けなくてもよいようなさまざまな刺激を,周囲(環境)から受けなければなりません。いや,「刺激をうけることができる」と表現したほうがいいでしょう! そして,どのような刺激を周囲が準備してあげるか,が澳门赌场app_老挝黄金赌场-【唯一授权牌照】だということもわかっていただけるのではないでしょうか。 この時期,子どもとどうつきあうか? これは大きな課題です。今後,多くの学問に触れながら,子育てについてご自分の価値観を持っていただけたらと思います。一つ言えることは,ある程度未熟な状態で生まれてくるからこそ,子どもはあらゆる可能性を持ったすばらしい存在であり,外界からの刺激を積極的に受け,そして学ぶことによって発達していくということです。子どもの発達に影響を与える豊かな文化をどう創っていくのか,それが課題のような気がします。

 なお,動物の行動については興味深い研究がたくさんなされています。温かみと安心感という視点から,アカゲザルを使って針金製と布製の母親を比較したハーローの実験,動物の本能について,離巣性の鳥類にみられる「刷り込み」という現象を紹介したコンラート?ローレンツの研究,また,タンザニアの森でチンパンジーの生態を長年にわたって続けているジェーン?グドールの報告など,どれも興味深いものばかりです。日本ではチンパンジーのアイちゃんも見逃せないところですので,興味のある方は情報を集めてみてはいかがでしょうか。人間のあり方についても思わぬ発見があるかもしれません。

引用文献
アドルフ?ポルトマン著 高木正孝訳『人間はどこまで動物か』岩波新書,1961年

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