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【学習サポート】

[歴史を見る眼]「歴史を見る眼」のレポートから

教授
岡田 清一
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 最初にレポートを受け取ったのは6月中旬のことであった。以来,週に1回あるいは隔週に2?3通のレポートを読んできた。ここでは,それらを読んだ結果,思い,考えたことを指摘して,今後のレポート作成の一助になればと思う。
 ところで本講の名称は「歴史を見る眼」である。で,なぜ「歴史」あるいは「歴史学」ではないのかを考えたことはあるだろうか。歴史に興味を持つ人は多い。過去に思いを馳せ,そのロマンに魅せられる人も多い。しかし,学問としての歴史ないし歴史学となると,思いやロマンだけでは済まなくなる。
 近年,考古学の発掘成果が従来の通説的見解を大きく変更させてきた。例えば,岩手県平泉町の発掘では,12世紀の遺跡から大量の中国産磁器や渥美焼?常滑焼といった西日本の陶器が出土されている。これらの地域と平泉が深く関わりを持っていたこと,これら大量の陶磁器類は船でもって搬送された可能性が高いことなどが指摘されており,同様の例は青森県市浦村の十三湊遺跡や北海道上ノ国町の勝山館遺跡にもみられる。こうした指摘は,従来,日本をめぐる海運は17世紀の河村瑞賢までまたねばならなかったという通説を真っ向から否定するもので,北から日本の歴史を見ると,従来の歴史像とはちがったすがたを示してくれる。
 このように考えると,過去の歴史像を固定的に考えるのではなく,動態的に理解する必要があると認識せざるを得なくなる。しかもこれは考古学の分野だけのことではない。何より,平泉にしても十三湊や勝山館にしても中世のことである。こうした動きに触発されて,文献史学も従来の歴史資料を読み直そうとする動きが活発化している。
 本講で扱う鎌倉時代史も同様である。従来,鎌倉時代史は執権北条氏の歴史でもあった。しかし,その根拠となった史書『吾妻鏡』は14世紀初頭,おそらく北条氏に関係する人びとによって編纂されたものと考えられている。ということは,北条氏は自らに都合の悪い事実を忠実に描いたとは考えられず,また,そうでなくても12世紀末から13世紀70年代までのことを14世紀初頭に描いているのであるから,描いた当時の考え方を反映してしまう恐れがないとは決していえないのである。そのため,『吾妻鏡』という資料を使用して鎌倉時代の歴史を理解しようとする時,かなり批判的に読まなければならないということになろうか。
 また,現在では鎌倉時代の古文書を編年順に収集?編集した『鎌倉遺文』42巻が完成し,この時代の研究者に利されている(漏れている史料も多いのだが)。この『鎌倉遺文』を活用することによって,『吾妻鏡』が描いていない,あるいは敢えて描かなかった歴史に迫ることも可能になってきたといえよう。
 例えば,鎌倉幕府下の「執権」職について,現在もっとも権威ある日本史の辞書『国史大辞典』は,北条時政以来,1年の空白もなく北条氏が継承したと記している。その根拠の一つが『吾妻鏡』であることはいうまでもない。しかし,『鎌倉遺文』を繙いてみると,時政失脚後,その子義時が執権として史料に現れるまで約4年間のブランクがあったことに気づく。たった4年間であるが,その意味するところは大きい(詳細はテキストを参照)。こうした細かな事象を追求し,まとめていくと,従来とは異なる鎌倉幕府像ができあがるのである。
 そればかりではない。時政から義時へ代替わりする時,後妻の牧氏の事件が起こり,義時から泰時へ替わる時も義時の後妻伊賀氏の事件が起こった。これを表面的に理解するのではなく,当時の女性の立場を理解することで自ずから通説と異なる理解が可能となる。言い換えれば,中世の女性の位置,立場を理解する手段として,鎌倉時代に発生した事件を学ぶのである。
 北条氏が時政以来,執権政治を展開してきたにも関わらず,泰時は合議制に基礎をおく「執権政治」を展開した,あるいは展開せざるをえなかった。その背景に,当時の社会慣習に反する家督相続を断行した泰時の立場を理解することも可能である。
 では,「当時の社会慣習」とは,……。このように考えていくと,鎌倉時代に発生した諸事件を単なる権力交代的な見方だけで終わるのではなく,それを通して,その背後にある社会を理解することが可能になってくる。
 「歴史学」ではなく「歴史を見る眼」である理由はこのあたりにある。従来の考えを金科玉条のように「覚える」のではなく,資料を批判的に読む,考えることによって,通説ではない自分なりの考えを導き出す方法の一つ,まさに「見る眼」を導き出して欲しいのである。

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