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VOL.02 JULY 2002

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[レポート] 「私」へのこだわり

福祉心理学科 学科長
木村 進
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59歳にして初めての経験

帰りがけに自分のレターボックスをのぞくと,「レポート添削のお願い」の封筒が入っていました。通信制大学院の「生涯発達心理学特講」のレポートでした。早速家に帰って読んでみました。そして,妙に感動しました。
私は,この5月で59歳になりました。多くの同級生たちは,定年を意識し,準備しなければならない年齢です。現に,大学の同級生が2人,「県庁をやめてお前と同じ商売になったよ」と便りをよこしました。一般的にはそういう時期なのに,私は,通信教育のレポート添削という初めての経験をしているという感動でした。妙なというのは,これを喜んでいいのか,悲しんで(?)いいのかという戸惑いがあったからです。
考えてみると,私の年齢は初老期に当たるので,老年期に近づいていくこと自体が初めての経験なのですが,これは誰もが経験することで,30年以上もやってきた仕事の上での初めての経験というのは,この時期には画期的なことなのでしょう。
そういう「初仕事」の感動を土台にして,感じたことを書いておきたいと思います。

「私」が見えない

私の専門は,発達心理学です。これまで,発達心理学や障害児心理学の講義をしてきました。ゼミはもちろんですが,講義においても,「私の授業」という意識のもとで,自己主張を展開してきました。学部の授業ですから,基本的なことを教えなければならないという責任はありますが,例えば教科書に書いてあることを材料にして,それをいかに自分流に料理をするか,というのが自己主張なのです。
学生の側も,(実際は期待しているほどは反応してくれませんが)質問をしたり,調べたことをぶつけてきたり,発表したりして,自己主張をしています。それによって,その学生の学習の進み具合やわかっていない部分が明らかになり,指導のポイントが見えてきます。
ところが通信教育では,私の自己主張は,極めて限定されるか,あるいは,ほとんどできません。同時に,学生の側の自己主張も,レポートを通じて,かすかに伝わってくるだけです。少し専門的に言うと,長年やって来た「教授—学習過程」というスタイルがとれないということです。つまり,お互いの「私」が見えないままに学習が進んでいき,その中で指導していくことになるのです。

「私」へのこだわり

私が通常相手にしている学生の多くは,言うまでもありませんが,18歳から22歳までの若者です。一般的に言うと,青年期後期で,成人への一歩手前という時期にあたります。青年期の発達課題は,エリクソンによれば「自我同一性 対 拡散」です。つまり,「自分は何者か」という問いに対するとりあえずの答を見つけることが課題なのです。
人生の目的を見つけることが最大の課題ですが,私の立場でその課題に援助することは難しいので,もう少し具体的に,その学生なりの興味?関心を明確にするとか,研究テーマを見つけるとか,就職の方向性をはっきりさせるとかの課題にサポートすることに力を入れていますが,まとめて言えば,「私」を探し,「私」を育てることだということになります。別の角度から考えると,これからの人生を生きていく主役としての「自分」を尊重し,大切にする態度を養うということになります。
通信教育部に入学された皆さんは,年齢も立場もそれぞれで,また,入学の目的も多岐にわたっていると想像されますが,いずれにせよ,自分を育て,自分を充実させるということにおいては共通していると考えていいのではないかと思われます。職業生活や家庭生活を営みながらの学習は,想像以上に困難が伴うと思いますが,それだけに,その中で自分が育っていくという実感も大きいのではないでしょうか。
私は,先に「とりあえずの答」と書きました。なぜ「とりあえず」かというと,私自身の経験からして,「自分は何者か」に対する満足できる答がこれまで見つかっていないからです。59年も生きてきましたから,少しずつはわかってきましたが,やっと60%くらいでしょうか。残りの40%にまだ可能性があると思っています。だから,通信教育への取り組みを通して,新しい自分の発見があるのではないかと期待しているのです。

心理学は人間を対象とする学問ですから

私の主な関心は,乳幼児期の発達です。私がこの時期の発達を考える時,右手に理論を左手に経験をもって考えています。経験というのは,(もうずいぶん昔のことになりましたが)自分が子どもだったということと自分が子育てをしたということ,および保育所や幼稚園,あるいは小学校での子どもとのつきあいです。わが子を含めて子どもとのつきあいが特に勉強になったという実感を持っています。
心理学は人間を対象にする学問ですから,自分を含めて人とのかかわりの経験が学習に生きるという特徴を持っていると思います。そういう意味では,人とのかかわりの経験を豊富に持っているほど,学びやすい学問だと言っていいかもしれません。言い換えれば,その人らしい学び方ができる学問だとも言えます。しかし,経験は「両刃の剣」で,役に立つこともあれば邪魔になることもあります。だから,片方に,客観的な理論や知識を置いて考えることが必要になってくるわけです。
とはいうものの,自分の経験を生かさないで学習するのは非効率的だ,あるいは,まわりの人とのかかわりの経験と無関係に学習を進めるのはもったいない,と思います。また,学んだことを現実の生活に生かさないのでは,何のための学習なのかわからないということになります。心理学は,そういう学問なのです。

だから,レポートは

他の先生のレポートにも通用することかどうかはわかりませんが,私のレポートに関しては,課題にきちんと答えるだけでなく,その人らしさが感じられるものであってほしいと思っています。その人らしさというのは,上記のような経験が生かされた内容であるとか,私はこんなに勉強したよというアピールとか,あるいは,一生懸命調べたけどここはわからなかったとか,そういうことではないかと思っています。
授業に出て,ノートをとって,試験を受けて単位を得るというスタイルでない,正解を一生懸命覚えて試験に答えるというやり方でない学習の仕方に,通信教育の真髄があります。その課題に取り組むことによって何を学んだか,何を考えたか,何が整理できたか,そして,それが自分にとってどんな意味を持っているか,そういうレポートを期待するのは期待のしすぎでしょうか?
「添削」というのは私にとって新しい課題です。私らしい添削ができるよう,新しい自分を発見できるよう頑張りたいと思っています。

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