【現場から現場へ】
教員MESSAGE [精神保健福祉士]
これからの精神保健福祉従事者に求められること
准教授 阿部 正孝
ついこの間卒業式が終わったばかりと思っていたら,今キャンパスは鮮やかな新緑に囲まれています。月日が経つのは本当に早いものです。時々,卒業生からメールやお電話で,精神保健福祉士として元気に現場で働いておられるという報告を伺い,わが身のことのように嬉しく,また本学の演習?実習?巡回指導教員で構成される養成チームの一人として指導者冥利に尽きる思いがいたします。
今年も本学通信教育部から,7割近い合格率(現役受験)で既卒受験者を合わせると32名の精神保健福祉士が誕生しました。本学通信教育部が開設されてから,これまでに161名の精神保健福祉士が生まれたことになります。今年の32名の方たちも多くの先輩方に続いて精神保健福祉の専門性とその伝統を維持?継承してくれるものと期待しております。働きながら学ぶという通信教育の特徴から,独学に近い状況での学生の皆さんの頑張りに対し,心から敬服し喜んでいます。卒業生たちの社会での様々な取り組みが,わが澳门赌场app_老挝黄金赌场-【唯一授权牌照】の歴史に新しい1ページを加えるものと期待いたします。
さて,1999(平成11)年から始まり今年度で第12回目の試験となる精神保健福祉士の国家資格制度ですが,今,精神保健福祉士を取り巻く環境は大きく変わろうとしています。
国家資格制度ができた頃は,精神保健福祉施策の遅れのために,何らかの援助があれば地域で生活できるにもかかわらず「社会的入院」を余儀なくされていた7万2千人の利用者がおり,その方たちを地域生活に移行させることが資格制度の成立の大きな目的でした。
それから10年後の現在,2005(平成17)年に成立した障害者自立支援法により,知的障害者?身体障害者と共に精神障害者が制度対象として統合され,サービス供給体制の一元化等,大きな改革が迫られています。従来は精神保健福祉というスペシフィック(専門分野に特化した)な知識で充分だったのですが,これからは障害福祉という幅広いジェネリック(汎用性のある)な知識が要求されることになります。これまで私たちが関わってきた精神保健福祉は,常に何らかの変革の波に晒されてきました。1981(昭和56)年の国際障害者年,1987(昭和62)年の精神衛生法から精神保健法に移行,1993(平成5)年の精神保健法改正,同年の障害者基本法成立,1995(平成7)年に精神保健及び精神障害者福祉に関する法律への移行,1999(平成11)年に同法改正と目まぐるしく移り変わり,現場の多くの精神保健従事者は,その都度右往左往させられてきました。2000年代に入ってからも社会福祉関連法で心神喪失者等医療観察法,自殺対策基本法,発達障害者基本法等が相次いで施行?交付され,精神障害者に特化した福祉活動のみではニーズへの対応が間に合わず,前述の資格制度成立の趣旨(7万人対策)に対応していればそれでよしとは言っていられない状況になりました。福祉のあらゆる領域の基本を体得したジェネラリストとしてのソーシャルワークの視点と精神保健福祉のスペシャリストとしてのソーシャルワークの両方を一人のワーカーが持ち合わせていることが利用者から当たり前のように要求される時代がもう目の前まできています。
制度上,身体障害者福祉法を主軸に展開されてきた障害者福祉は,困難な状況に陥った時の補完的,代替的な福祉であり,私たちはその充実を願ってきました。しかし,国や福祉従事者に求める国民のニーズは,事後処理的な対応のウェルフェア(welfare)から,自己実現や個人の権利を保障するウェルビーイング(well-being)に変容しつつあるようです。すなわち子どもから高齢者までを対象とした,誰もがそれぞれにとって普通の幸せを願いつつ,すべての人が生活の充実感を得られる街づくりを積極的におし進めていくことが必要になります。
社会的?経済的影響を受けながら,大変目まぐるしく変遷した福祉施策ではありますが,今日やっと「地域の中で暮らすことの喜び」が,わが国の障害を抱える人,抱えていない人たちの目標として共通認識ができあがった感がいたします。
しかし,目標理念はできあがりましたが,対応が急がれる課題は山積しています。障害者福祉の充実はもとより,メンタル的なケアが必要な3万人以上の自殺者問題,人生の終末を迎えようとする高齢者や重篤な病者に対する緩和ケアの問題,また一方で逆に現実の世界に適応しようともがく子どもや若者たちの問題等があります。
子どもや若者たちの問題は年々深刻化し,増加する傾向を示しています。長期欠席をしている小学生が2万6千人,同じく中学生が13万人,高校を中退した若者が10万人,高校を卒業したものの就職または進学等の進路が決定していない若者が12万人,同じく専門学校や短大を卒業したものの進路が未定な若者が4万2千人,大学卒業者の12万人が定職につかず社会経済活動に参加できないでいます。また,急速に進んでいる超高齢社会に伴う老人虐待や意図的な無視による家庭内での孤立,法律ができ制度化されているものの十分に機能が確立されているとはいえない意思能力の乏しい本人の権利擁護の問題等,多様なニーズに対応するため精神保健福祉士がしなければならない仕事は沢山あります。
こうした問題の背景には少子高齢化,家族制度の崩壊,女性の社会進出等,これまで言われてきたものの他に,地方都市の衰退,雇用関係の不安定化による所得格差等があります。これらは新たな貧困層を生み,社会的差別を誘い,人権意識を薄め,高齢者や障害者,児童の主体性や教育権が脅かされつつあります。一方,現在のこうした不安定な社会情勢とは別に,私たちは障害のあるなしに関わらず共に生活者として生きていくために就労の道を切り拓いていかなければなりません。このような考え方は前述の障害者自立支援法においても「地域のなかで必用なサービスを活用しながら自立して生活していく」というノーマライゼーションの理念をもとに就労支援の視点として登場しています。どのように住む場を確保するか,いかにして働く場を見つけるのか,地域の中で生活を可能にするシステム作りとは何か等,これまで福祉の領域で要求されてきた専門的技術や知識以外に新たに何が必要なのか,混沌とした状況の中で様々な課題が私たちを悩ませます。当然従来のサービスの送り手とサービスの受け手といわれる援助関係も利用者主体のあり方をいかに実現するのか問い直されなければなりません。
ここ数年間慌しく私たちの生活環境は変化しています。個人の生活だけでなく,財源のあるなしで各種事業体の福祉プランの進行状況が異なる中で,長期的な展望ができない将来の不透明さだけでなく,市町村ごとの取り組みにも徐々に格差が生じ始めています。
今後皆さんと共に私たちが学んでいかなければならないことは,これまで述べてきた内容で概ねわかっていただけると思います。
精神保健福祉的なアプローチのみならず,土台である社会福祉学的基盤で,周囲の問題を理解しなければならないと思っています。目の前の状況だけを見るのではなく,常に「問題の背後にあるものは何か」を考えることのできるワーカーに成長していきたいものです。スペシフィックなもので終わる技術屋ではなく,基盤にジェネリックなものを備えた専門家になっていただくことを切に期待しております。
通信教育部では,福祉分野,医療分野の現任者あるいは様々な社会?生活経験をお持ちの方が学んでおられます。これは私の個人的な夢ではありますが,近い将来,通信教育部の卒業生?在学生を含めて,ここまで述べてきた問題を本学の「けやきホール」等を会場に,皆で意見交換し合える大ディスカッション会を開催し,「人はいかに生きるべきか」,「21世紀の福祉はいかにあるべきか」を社会に発信したいと考えています。
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