学長室の窓

学長法話:澳门赌场app_老挝黄金赌场-【唯一授权牌照】七年度涅槃会?草木供養

2026年2月6日に行われた、澳门赌场app_老挝黄金赌场-【唯一授权牌照】七年度涅槃会及び樹木伐採法要の際の学長法話です。
本日は学校法人栴檀学園澳门赌场app_老挝黄金赌场-【唯一授权牌照】のお釈迦様の般涅槃をご供養申し上げる涅槃会、併せて草木供養の一座を続けて皆様にお勤めいただきました。このたびは誠にご参列ご苦労様でございます。また特に工事の関係の会社の皆様、関係各位の皆様、教職員の多くの皆さん、そしていつも駆けつけて参加いただいている学生の皆さん、ありがとうございました。長時間の行持でございましたが、冒頭の新井先生のご案内にもありました通り、宗門にとってだけでなく、広く世界中の仏教を信ずる者たちにとって、最も大事な行持の一つでございました。それに併せての樹木伐採ということで、この縁深くこのご縁を受け止めるものでございます。

と申しますのは、お釈迦様はお生まれになった時には、アショーカの樹の花の下、そしてお悟りを開いた時は、菩提樹ピッパラ樹の下で、そしてお亡くなりになった時にはサーラ樹です。二本の樹の間ですので、サーラ双樹と申しますが、サーラ双樹の花の咲くその木の下。常にお釈迦様の一生にとって、そこには緑の樹木があったのでございます。また、普段の禅定、坐禅のお勤めにおいて、「今日はこの樹にしよう。いやいや、今日はこの樹にしよう」と楽しそうに侍者アーナンダ尊者とその日によって樹を選ばれているご様子なども仏典に伝わっておりますところを見ると、この自然に対するこだわりと申しますか、緑に対する慈しみ、愛しみというところが、一生を通じてひしひしと仏典から窺うことができるのであります。

時は今から 2500年前。一説には紀元前383年の2月の15日。そう、「15日」という意味が大きな日でございます。旧暦に従うと新月から満月まで 15夜です。15日の満月から新月まででこれで一月ということですが、お釈迦様のお亡くなりの日はちょうど満月が煌々と輝くその夜、美しい夜であったと伝えられております。

齢80歳を迎えられたお釈迦様は、おそらくご自身も自覚致されたのでありましょう。最後の旅路として、80歳のお体を旅のその途中において、いたわりながらも懸命にそのご修行が進んでいたのであります。しかし、どうにもお体のお年と病には打ち勝てず、その歩みは次第に止まっていくのでありました。キリスト教では「最後の晩餐」というものがありますが、仏教ではお釈迦様の場合は、朝のご飯でございます。「最後の朝食」と申し上げてもいいのかもしれません。チュンダという村の鍛冶屋さんが、朝のお食事を用意されたというので、そこにお召し上がりに行かれたわけでございます。これが最後のお食事となりましたので、お悟りを開いた時に、スジャーターさんからミルク粥をいただきました。

このスジャーターさんと、そして最後、この世で生きている生のある時の最後のお食事、チュンダらの朝のお食事がもう一つ、これを「二大供養」、仏教ではお食事をいただくことを供養というのです。これを「二大供養」と申しまして、チュンダさんとスジャーターさんが二大供養の尊者と尊崇されるようになっていきます。そのご様子は、室中の床の間にはお釈迦様のお亡くなりの時のご様子が描かれた本学の涅槃図が祀られております。ちょうどお釈迦様の足元の方にスジャーターさんとチュンダさんが、とりわけチュンダさんがご飯を持ってこう構えているお姿が描かれるのが一般であります。

歴史のお話に少々戻します。チュンダさんの用意されたのは、マッドヴァスーカラであったと経典は伝えております。「マッドヴァ」とは英語の語源と語源が一緒でありまして、「ミドル」つまり「中間の、半焼きの」ということです。スーカラというのは、キノコという説と野豚、猪という説と二つございます。おそらくはイノシシであろうというふうにも考えられるのですが、伝統的にはキノコを召し上がって亡くなられたというのが伝統読みでございます。いずれどちらかは分かりませんが、おそらくは旅のお疲れ、病に弱っているお体に滋養のために、お薬の意味で、普段は召し上がりませんけれども、お肉を召し上がったということは考えられることでございます。

いずれにしましても、その時激しい腹痛と嘔吐に見舞われまして、お釈迦様はいよいよお体が悪くなってしまいます。するとチュンダはおそらくは涙してかもしれませんが、「大変なことをしてしまった」と。おそらく私はイノシシではないかなと想像するのは、自然死した動物のお肉は浄肉といって、大事にするお薬でございますけれども、それが傷んでいたんではなかろうかと思うのが自然でございます。チュンダさんは身の不始末を謝りますが、ここがお釈迦様らしいんですね。周りの方や、そしてチュンダ本人にお釈迦様はおっしゃいました。「チュンダさん、自分を責めてはいけない。そして皆さん、これは私がこの後命を終えるとしても、チュンダさんのせいではなく、私は命を終えるのであるから彼を決して責めないでください」と、こういたわったとあります。

「さあ、アーナンダよ。再び旅だ」と、こう声をかけると、お釈迦様は弱ったお体 - 2500年前の80歳という今で考えると到底及びもつかないような高齢でございます - 懸命に北へ北へと道を進まれました。およそ二十数回ほど立ち止まられて、もうこれ以上前に歩けない。いやいや、それでもと最後まで力を振り絞り振り絞るように進まれましたが、いよいよそこで最後の時を迎えることになりました。

クシナガラという小さな村にやってきた時、侍者のアーナンダに、お釈迦様はおっしゃいました。「アーナンダよ、私は疲れた。横になりたい。アーナンダよ、あそこにサーラの林が見えている、あの中にひときわ大きな二本の樹が立っている。そのサーラ双樹の間に枕を北にして床を取っておくれ。私は横になりたい」と。?アーナンダ尊者は、いよいよ最期の時が来たことを心の中で覚悟をいたされたようです。その時は旅の途中、四枚のお袈裟を持ち合わせていましたが、ちょうどそこに近くの農夫が、干し草を山のように抱えて通りかかっておりましたので、その干し草をいただいて敷きつめ、その上にお袈裟を四枚重ねて、仮の床を取られたのでございます。仏典によれば、お釈迦様はまるでライオンが優雅に横たわるように北枕に横になられたとあります。これが私たちがお通夜や葬儀の際、北枕に祀るというお亡くなりになった方への作法に受け継がれております。激しい腹痛等がございましたので、お釈迦様はかなり喉が渇いていたものと推測されます。一部の研究者には、おそらくは赤痢にかかったのではというふうな指摘もあります。

いずれにしましても、お釈迦様はアーナンダ尊者を呼びました。「アーナンダよ。あそこにカクッター川が流れている、あの川から水を汲んできておくれ。水を飲みたい」と。アーナンダ尊者は頭鉢を — 托鉢の時にも使うものであります — それに水を汲んで来ようと出かけるのですが、ちょうど500台の車両が通り過ぎた後で、水が濁っていたそうであります。いたし方なく汲むことができずに、お釈迦様のもとへ帰ってきたアーナンダ尊者、「お釈迦様、今、水は召し上がることができません」という。「いいからすぐにでも持ってきてほしい」と、三度懇願されたとあります。致し方なくアーナンダ尊者は川に行きますと、なぜか今度は川底が見えるほど透き通っていたとあります。「ああ、お釈迦様の神通の力は誠に不思議なものではないか」と讃嘆されるアーナンダ尊者は、その水を汲んでお釈迦様にお届けいたします。お釈迦様はそれをすべて飲み干されました。これが末期の水という故事に受け継がれております。

アーナンダ尊者は涙を流し、気絶するほど、悲しみにくれたとあります。したがって、この涅槃図の絵には、お釈迦様の横になっている前で、寝そべっているお坊さんの姿がお一人描かれていますが、それがアーナンダ尊者のお姿であります。「泣くな、泣かないでおくれアーナンダよ。そなたは最後までよく私のために尽くしてくれた。そなたはきっと立派なお坊様になるであろう。泣かないでおくれ」と、この辺はお釈迦様のお人柄が伝わってくるところでございます。嘆き悲しむお弟子さんやアーナンダ尊者にそう言っていたわったと、こう伝えているんです。

「すべての出来事は移ろいゆくものであるから、怠らず、修行を努めあげなさい」こうおっしゃられてお釈迦様は静かにすっと息が遠く、自然に遠くなっていった。このご様子が『マハーパリニッパーナスッタンタ』という、『大般涅槃経』と訳されるその経典に伝わっています。そのお姿は、一人の偉大な人間の一生の最期でありました。

ひるがえって、私たちもたった一度きりの人生を生きています。たった一度きりの一日を生きています。今日一日は再び戻ることはありません。どうぞお釈迦様の教えのとおり、私たちも与えられた限りある命、限りある一日を大事に、大切なことのために勤め上げていただきたいのでございます。今日はその意味でも、学園創立150周年ということでございますから、涅槃会も第150回ということになるのかもしれませんが、樹木伐採について申し上げれば、その樹木は先日聞いたところ250年ほど経っているというお話も伺いました。この学園が出来上がった当時よりもさらに一世紀も昔に誰かが、あるいはそこに芽吹き育った大切な樹、150年にわたって多くの方々の憩いの拠り所となってきた樹でございます。この学園、大学が開かれ、この地にキャンパスが移ってきてからも、それはそれは多くの方々のために木陰を作り、安らぎのひとときを与え、私たちに癒しの心を与えてくださった大事な樹でございました。故に今日は大切に供養を申し上げました。きっときっとその樹木の御命は、新しいキャンパスでも命となってよみがえり、受け継がれ、そしてより大きな大木となって、この学園を守ってくださるに相違ありません。

おかげさまで今日は先生方はじめ、ご修行を遊ばされたご老師方、そして学生の皆さん、そして駆けつけて心を寄せていただいた皆さんの誠を捧げ、心からの行持を営むことが出来ました。どうぞ安心して工事の方にも打ち込んでいただければありがたく存じます。繰り返しますが、老松の命は受け継がれ、そして甦り、生まれ変わることを望んでおられるかと、こう受け止め、今日の草木供養の趣旨といたしたかったわけでございます。どうぞ今後とも学園のこと、工事関係の皆様にはよろしくお願いいたします。そして最後にご卒業される仏教専修科の四年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。?皆様にも大輪の花が咲き、大木となり、そしていつかは皆さんお一人お一人が誰かの木陰がさせるような優しい人になっていただきたいと念願しております。この後壮行会もありますので、よろしくお願いします。

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